はじめまして

きなこと申します。フリーでグラフィックデザインをしています。

グラフィックデザイナーと名乗らせていただいておりますが、実は前職(インテリデザイナー)を辞めて以来、会社にも所属せずぷらぷら(?)しておりました。なのでグラフィックデザイナーと名乗っていいのか疑問はぬぐいきれませんが、それ以外に私の職業を表す言葉がないので使わせてください。グラフィックデザイナーの線引きを決める偉い人がいらっしゃったら先に謝っておきます。ごめんなさい、

「私はグラフィックデザイナーです!」 

そうは言いながらもグラフィックデザインわかばマークということを最大限に利用して、色々なデザイン事務所でインターンをしまくって早一年がたとうしています。

そんな私がドイツのグラフィックデザイン事務所でインターンをし、さらにはドイツでデザインを生業にするまで(できるのか?)の道のりをマイペースに綴っていこうと、ブログ立ち上げに踏み切りました。

孤独なフリーランサーにならないように、そしてそれ以上に、たくさんの人と化学反応を起こして楽しいことをしたい!という野望を叶えてくれる、インターネットのあたたかい側面を信じてブログ発信をして行きます!

共感していただける方。
叱咤激励・アドバイスしていただける方。
そしてこんな不器用な私の生き方が役立った!と言ってくれる方。

もしそんな人がインターネットを通して現れてくれたら、なんて素敵なんだろう!
淡い期待を胸に、私は今PCの前にいます。

ということで今日はブログの手始めとして、私の人生の後期を以下にて少し紹介して行きたいと思います。

 

 

就職活動マジで無理

 

大学3年生の秋頃、今までのうのうと暮らしていた私たちに、
突如として”就職活動”の波が襲ってきました。

セミナー、自己分析、企業分析、自己PR、エントリー。。。
戸惑いながらもその波に乗る友人たち。

よくわからない会社に、さも御社が世界で一番と言わんばかりに媚を売り、
受かるためのテクニックを学んで、気に入られるために自分を磨く。
個性を出すためにアイデアをひねる努力をする反面、外見は限りなく標準を目指して目立たないように。。
就職活動をそんな風に感じ、自分の人生にとってプラスに感じることができませんでした。
今思えばそのほとんどが誤解でしたが、私はそれらの活動に拒絶反応を起こしてしまいました

とにかくこの波から逃れるべく、私は世にゆう新卒ブランド(当時はそんなこと思ってもみなかったけど)を捨てて「インテリアデザイン」とかいうおしゃれな業界でアルバイトでもさせてもらえないかと、名古屋の事務所を10件くらい回りました。

結果、話を聞いてもらえることすら難しい業界ということがわかりました。

なぜなら私は建築やインテリアの専門学校に通っていないし、CADは愚か、イラストレーターもフォトショップの存在も知らない、文系大学生だったからです。

時には「考えが甘すぎる。専門学校行ってから出直してこい」
との厳しいお言葉までいただきました。
「デザインは職人業。トレーニングを受けていない人間は使い物にならないんだ。この業界を目指している同世代の子は、大学よりも前から勉強しているんだ。」とここで初めて気づきました。

そんな中、唯一話を聞いてくれたのは、店舗設計メインの小さなインテリアデザイン事務所でした。そこで大学4年生の一年間インターンをしたのち、晴れて正社員となることができました。

ここで学んだことは数知れずです。
詳しいことはまた後々書いて行きたいと思います。

 

グラフィックデザインとの出会い

 

やっと仕事にも慣れてきた社会人3年目で、その仕事を通してグラフィックデザインの魅力に気づくこととなります。

店舗設計において、初めにクライアントに提出したデザインが、コストダウンを重ねて究極質素なデザインとなった、という場面が多々あります。

初めから理想100のところ現実的な30のデザインしか出さないというのは、お互いに面白くないからです。理想100のデザインをコスト内におさめるのが目指すところであると言うのは言うまでもありませんが。

床に本物の木を使うのか、プラスチック状の木目タイルを使うのか。
本物の木を使うのが理想100のデザインだけど、素材費に加えて手間代と、大きなコストアップが生じます。

それに対してグラフィックデザインは画面上でデザインする段階であれば素材を使いません。何度修正してもそれは画面の中におさまっているので電力(とデザイナーの労力)しか使いません。

なのにグラフィックのもたらす力は大きい。
お店にきたお客さんは壁や床の素材を覚えていなくても、お店のロゴやランチの内容が載っているメニューの印象は強く持っている。
内装に全くお金をかけていなくても、グラフィックがしっかりとしていれば上質な印象を与えることができる。
そんな実感があり、グラフィックデザインの可能性に魅了されてしまいました。

決して多くないプライベートの時間を使って、クリエイティブマーケットに出向き、クリエーターの方々に直談判でロゴを作らせて欲しいとお願いして作らせてもらったこともありました。クリエーターの持つ世界観を引き出し、自分の作ったグラフィックデザインを「理想通り!」と言ってもらえることが、心の底から嬉しかったです。

そんなこんなでグラフィックデザイン業界への転職を考え、上司の深い理解と愛情の末円満退職をすることとなります。インターングラフィックデザイン会社を何社かまわり、中には正社員として働いて欲しいとお声がけもいただこともありました。が、会社に属すことはせず、現在は尊敬するデザイナーさんの元でアシスタントをしながらフリーランスで生計を立てています。

 

フリーランスとしてのこれから

 

このまま目の前の仕事をこなしていけば、簡単ではないけれど、グラフィックデザインを続けていける気がしないでもない今日この頃。
しかし「取るに足らない」という注釈付きのそれでした。
それがものすごく嫌でした。就職活動以来の拒絶反応です。

私がそのように感じるのは、退職してから一年間、圧倒的に素晴らしいデザイナーさん方の元で勉強させてもらえたからです。

小さな頃から美術的センスに長けていて、それがデザインというフィールドで爆発している人。コミュニケーションスキルが鬼のようにすごい人。学生時代から起業して、センスの上にセンスを重ねその上に努力も塗り重ねている化け物のような人。

私のように大学卒業してからデザインというものに出会った凡人には、一生追いつくことなんてできない、一種の絶望感さえ感じる類の人々です。 

でも。でもです。

私もデザインというフィールドに魅了されてしまったのです。
後戻りはできません。もうやるしかありません。
だから私なりの、私にしかできない、彼らとは違う方法で、
自分の人生とグラフィックをデザインするしかない」と感じたのでした。

 

海外と日本とデザインと

 

f:id:kinaco8:20170722001228j:plainPhoto by Nate Robert, via Flickr.

大学時代に話が遡りますが、私は大学4年間、愛知県の大学で英語を勉強していました。とは言っても、恥ずかしながら不真面目な学生だった私は、単位を取ることだけに必死で、胸をはって学んだことを発表できません。慙愧にたえないです。

ただ、もともと海外や英語に興味があったから選んだ学部でした。

むしろ大学卒業後に海外への関心が強くなり、この一年でニューヨーク、タイ、台湾と旅行をコンスタントにしています。そして関心はさらに高まるのでした。

日本でフリーランサーとして本格的に営業に回ったり、忙しくなったりする前に、海外でこれまた「グラフィックデザイナー初心者」としてデザインを勉強して回ったりできないか。
そしてそこで学んだデザインを、私のフィルターを通して国内外に発信できないか。

そんな考えが頭をよぎりました。
というより「夢」ができました。

発信することはデザインですらなくてもいいかもしれません。
誰かと関わり、社会と関わり、お互いに幸せになって、その円の中で暮らして生きたい。

自分でもびっくりするような漠然とした未来設計です。
でも大学3年生の自分が描いていていたそれよりは、絶対的に明るく力強い未来です。

改めてこうやって振り返ってみてもつくづく行き当たりばったりの人生だなあ。

でも嫌いじゃない。むしろ今の自分が一番好きと言える。

この根拠のない自信に、今後は根拠のある自信をプラスしていこうと思っています。
その機会を得るために、こうしてインターネットに飛び込んでみたのでした。

どうなることやら。25歳夏。楽しみでいっぱいです。